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2011年9月の投稿

2011年9月29日 (木)

京都戦に負けたJEFは、監督の采配ミス?

元気いっぱいの京都にJEFは勝てませんでした。

ピッチに出る準備をしている赤いユニフォームが、ピチピチと跳ねていて嫌な予感がしました。

勝てる時も負ける時も、始まる前の雰囲気で感じてしまう時があって、サポーター全体のテンションや選手の気合い?のようなものが直に来てしまいます。

4時49分の電車で蘇我に向かいました。

これから夕食の支度で、家路につくのでしょう。

女性の自転車の荷台から、野菜が飛び出しているのが目について、サッカー観戦に向かう後ろめたさを思っていました。

考えたら、サッカーの平日観戦は初めてでした。

JEFがJ1で戦っていた時は、夫がまだ現役でしたので平日の夜の試合は観たことがありませんでした。

5時半ごろのフクアリは、今まで見たこともないようなガラーンとした様相を見せていました。

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入場する前に天皇杯のチケットを購入すると、一緒に渡されたものはトーナメントの組合せ表でした。

90×60のレジャーシートになっていました。

去年はりザの試合を観戦したのですが、、、。

選手を出迎えた時は、まだバックスタントの観客も十分に入ってなくコールリーダーの枯れて出ない声が過酷な連戦を知らせてるようでした。

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ピッチに出た選手達は元気いっぱいに見えましたが、京都の若さには勝てませんでした。

疲れの所為かミスも多いし、京都の圧倒的なプレスにパスが通らずすぐ拾われるし、完全に走り負けしているし、、、

何故ドワイトさんは、疲れのたまっている選手を使い続けるのでしょう?

笛を待たずにセルフジャッジをしてしまったり、攻撃に工夫がなかったり、それでも選手は一生懸命にやっている。それが分かるから、だから「監督さん!疲れてる選手は休ませてください。」

それで勝てなかったにしても、いつも待機している選手の心構えも違ってくるはずだと思えるのです。

また、そこから全体にファイトが湧いてくるはずだと思えるのです。

選手は焦っているように見え、ボールがせわしなく動き一旦落ち着かせることができない、

相手の元気なペースに振り回されているようでもあり、自分達本来の試合ができていないように見えるのです。

攻撃はしていても得点につながるようには思えなかったのは、工夫が無かったからでしょう。

CKでは、ほんの少しボールをずらすようにポジション取りができていたら、いつも同じ形でGKにキャッチされることはなかったと感じるのです。

一点に泣きました。

サポーターは、拍手とJEFコールで選手を力づけました。

力いっぱい戦った結果ですから、素晴らしい対応だったと思います。

藤田選手と勇人選手が、頭上の拍手で応えていました。

フクアリを出ていつものように歩き始めたのですが、路上は黄色いユニではなくスーツ姿に鞄を手にしたサラリーマンで溢れていました。

一種のカルチャーショックでした。

「選手達は、こんな光景を目にした事があるだろうか?」

黄色一色に見えたバックスタンドから吐き出された別の姿がありました。

そこに混じって帰ることになった私には、感じたことのない緊張感がありました。

スーツの後ろ姿に「お勤めご苦労様でした。応援お疲れ様でした。」そんな気持ちでいっぱいになりました。

今日のバックスタンド二階の大人の雰囲気を、そのまま感じた帰り道でした。

2011年9月26日 (月)

ゴールを狙うディフェンダー竹内彬選手

サッカー日和の25日、フクアリでようやくサポーターをわかせてくれたJEFでした。

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明るい空の下での試合観戦は、心楽しいものがあります。

のど風邪を惹いていて、友人からの電話に出た私は寝起きと間違えられましたが、ようやく声が出始めたというのに、フクアリに出かけない訳には行きません。

夫に「ホーム自由席の残券が1500枚ですって!」と告げると

「い・か・な・い!」と強く断られました。

「いいんですよ!いつも一人ですからね。」「始まる前の2時間強は貴重な読書タイムですから。」

はなから夫の返事には期待していませんから。

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でも、ウォーミングアップからは本を閉じて見入ります。

後ろからSさんが、トントンと肩をたたいて「おひとりですか、今日はすっきり勝てると良いですね。」声をかけて下さいました。

試合が始まって間もなく、CKからシーズン初めを思い起こすような竹内選手のゴールが決まりました。

一度弾かれたボールを、再度自身でゴールへ押し込みました。

明るいのでよく見えました。

シーズン初めのインタビューだったか「ゴールを狙えるディフェンダーを目指します。」冗談交じりに言ってたような気がします。

怪我人も、大分戻りつつあるようでチームにとっては嬉しい兆しが見えてきました。

今回は、DF陣だけでなくしっかり守っていた様でした。

その上、シーズンはじめを思い起こすような動きと走りに、安心感がありました。

もちろん危ないシーンもありましたが、全員でしっかり守り切った試合でした。

後半の怒涛の攻撃に、フクアリが湧きつづけました。

どうしても二点目が取れませんでしたけど、次に続く勝ち点だったと思います。

京都戦では、工藤選手のチャンスを悉く潰して勝ち点をものにしてほしいと思います。

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水曜日、またフクアリへ!

2011年9月21日 (水)

着物を着た時の振る舞い方

最近着物姿で街を歩く人が、とんと見かけなくなりました。

そんな私も、ほとんどGパンで過ごしていますので、着物に着替えることが億劫になっています。

洋服のように手足が自由に動かせないのが着物で、四角い布で体を包んでいる感覚を覚えます。

両腕は、体に沿わせていて何の屈託もなく万歳できるような仕草は、ご法度です。

手を上げるときは、袖口を片手で持って二の腕をにょっきり出さないことです。

歩幅は、足の長さ(靴のサイズ)を基本にします。

大股で歩くと裾が乱れますが、小股でちょこちょこ歩くのもおかしなものです。

無理に内またにする必要はなく、まっすぐに2本線を歩くつもりになれば自然な歩行ができます。

また、あらかじめ、長じゅばんや着物の下前を三角に折り上げて着付けをしておきます。

そうすれば歩いた時に、裾が引っかからずに気持ち良く歩くことができます。

階段の昇り降りは、上前の縦妻を右手でちょっとつまんで体をやや斜めにします。

(長い裾を左手で持ち上げるのは、芸者さんです。)

振袖のように長い袖は、やや直角気味にした左手に重ねて乗せると、袖で階段を掃除しながら昇り降りすることがなくなります。

車の乗り降りは、腰を起点に体を回転させるとうまくできます。

その時袖は、膝の上に重ねて乗せておいてください。

トイレに入るときは、腰ひもを1本準備して裾と振袖を一緒に上に折り上げ、帯の上から紐で押さえれば大丈夫です。

ずいぶん前のことです。振袖姿のお嬢さんが、長い袖をかばうこともなくずるずると引きずりながら階段を下りていたり、汚れるのを気にして両手を肩まで上げて案山子のようにしているのを見かけたことがありました。

古いブログで載せたことですが、備忘録のつもりで再アップしておきます。

2011年9月16日 (金)

千葉市花の美術館再開

3月11日の地震以来閉鎖されていた、千葉市花の美術館が再開しました。

美術館前の歩道も修復され、待ちわびてた人々が入り始めていました。

まだ、噴水や館内の中庭にある睡蓮の池は修復されていませんでした。

液状化の後が残っている前庭には、以前から育てられていた女郎花やコスモスフェア用のコスモスを植えて来館を待っていてくれました。

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緑色のフェンスで囲まれた噴水部分は立ち入り禁止になっていて、いつも小さな子供たちが楽しそうに遊んでいた事を思うと寂しい再開風景でした。

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レストランの再開は、より明るい気持ちになりました。

時々は、結婚パーティーをする人々が居て、華やいだ雰囲気を伝えていました。

我が家にとっては、息子が夫の定年祝いに娘家族と私たちをディナーに招いてくれたお店で、また、よちよち歩きのPOMを連れて娘と3人で散歩の途中でよく寄っていたレストランです。

ペット連れの人も、食事ができるようになっていました。

館内の入り口に、ヘンゼルとグレーテルのお菓子の家をイメージした可愛い家がありました。

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さらに中に入ると、、、、


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いざJ1へ!!
のポスターが貼ってあります。

JEFは、今年こそJ1に昇格しなければなりません。

『明日はカンスタでの勝利を、一緒に遠征するサポーターと一緒に喜び合ってフクアリに戻って来てくださいね!』

美術館のチケットは、200円くらいだったと思います。

市内在住の60歳以上の人は、フリーです。

受付で、記念のファイルをいただきました。

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15年になるんですね!忘れられない年になりました。

アトリウムフラワーガーデンの『お菓子の家』

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別の角度から見ると、ハロウィンのかぼちゃがあります。

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すぐ近くには、椅子に掛けミニコンサート待つ人々がいて、美術館の再開を実感しました。

ボランティアの方々の姿もあちこちで見かけました。

完全復旧は、来年の2月ごろになるようです。

私の今日の目的はもう一つありました。

売店で、毎年葡萄を送ってくれる友達への<お返しの品>選びです。

女性好みの可愛い品物が揃っています。

ご夫婦へのテーブルセンターと『バラの匂い』と、そしてバラの花柄の小さいファイルには、メッセージを入れて送ります。

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売店も、再開初日で特別の日のようです。

バラの小物入れをいただきました。

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思いがけないプレゼントが嬉しいですね。

花の美術館も海浜公園も、完全復旧にはまだ時間がかかりそうです。

2011年9月14日 (水)

お誕生日おめでとう!

今日9月14日は、夫の誕生日です。

お誕生日おめでとうございます。

これからもよろしくお願いします。

私からのプレゼントは、この時期には珍しい富士山の写真です。

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毎日のように富士山の姿を探すのですが、今の時期は殆ど見ることはできません。

夕方、義妹が夫に誕生日プレゼントを持ってきてくれ、エレベーターホールから富士山を見つけました。

間もなく夕闇に隠れるという時でした。

素晴らしいタイミングでした。因みに今日は、姪の誕生日でもあります。

プレゼントを持ってきてくれた義妹の次女です。

「彼氏に会いに行ったから、それで良いかな?」って、言ってましたけど、それで良いんじゃないかな?って私も思います。

昨夜は8月に続いて、月下美人がまた咲きました。

誕生日の前夜祭を祝ってくれたのでしょう。

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神秘的です。

そして、3日前からくさぎの花が咲き始めました。

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くさぎは、熟した実を染色に使いますが、私が育て始めた幼い木から収穫できる分では布を染めるほどは取れません。

大きくして、実をどっさり収穫するのが夢です。

何しろベランダで育てますので、たくさんの実を収穫するのは本当に夢なのです。

草木染で青を染めることのできるものは、ジャパンブルーという呼び方もされる藍とくさぎだけのようです。

私の周りでくさぎは、実がなるどころか花が咲く前にバッサリ刈り取られています。

邪魔者扱いです。

ですから、柵と道路の間に根性で生えてきたくさぎを刈り取られる前に一本だけ抜いてきました。

20センチくらいの小さなもので、5センチくらいの根が1~2本ついていました。

3年たって、花が咲いたのです。

若葉は、食用になるそうです。

でも、葉をもむと臭いのでくさぎと名づけられたようですから、そっとしています。

実は、薄緑色から熟すと濃紺になります。

小鳥が好んで食べるのだそうです。

実も楽しみにしています。

花の香りは思いがけず香しく、森の中で花咲くくさぎの大木に出会ったら、きっと感動するでしょう。

2011年9月11日 (日)

JEF対鳥栖3-3のドロー:選手もサポーターも勝ちたい気持ちは同じだからね!

はじめに

眞田雅則(元JEFGKコーチ)氏のご冥福を心よりお祈りいたします。

松田選手の死、眞田コーチの死、若いアスリートの突然死に心が痛みます。

お二人の安らかな眠りと共に、アスリート達の心身の健康を願って止みません。

9月10日(土)フクアリに於いて、JEF対鳥栖の試合が行われました。

試合に先立ち、両チーム選手がピッチ上で円を描き、観客そしてフクアリ総べてが眞田さんへの哀悼を込め黙祷を行いました。

試合は、JEFがかなり優位に立って進んでいたと思いますが、3-3のドローという結果に終わりました。

最後には、4連勝してきた鳥栖の勢いがそのまま表れた結果のような気がします。

試合後ブーイングが起き、GKの岡本選手に罵声を浴びせたサポーターがあったとか?

罵声はやめましょうよね。

<One United>でしょう!

サポーターより、戦っている選手達の方が、ずっと悔しいと思いますよ。

まして、岡本選手は恩師に勝利を捧げるつもりで戦っていたでしょうし、優位に立っていた試合をものにできなかった悔しさに加え罵声?

いつも温厚な岡本選手が、あんなに感情を露わにしたのは初めてでした。

選手は、言われっぱなしで我慢だけしていれば良いというのは、心身の健康にマイナスです。

もし、罵声を浴びせた人がいるのなら、岡本選手に謝って下さいね!

これからの試合は、選手と心を一つにしてJ1を目指しましょう!

ところで、ドワイト監督はどうなんでしょう?

前回と同じように、選手を使い切ることがありません。

村井選手は、よれよれになってピッチ上にいたと思います。

もっと早く、元気な選手に交代をして、でも、交代枠いっぱいに使う戦い方を考えていないようです。

交代させる選手が居なかったなんて、ベンチに座っていたのは選手ではなかったのでしょうか。

選手を選抜してるのは、監督でしょう?

使える選手が居なかったなんて、監督の口から出た言葉だとは思いたくないですね。

信頼関係は、ありますか。

選手に、自信を持たせるような指導はできていますか。

監督の役目です。

応援するしかできないサポーターの気持ちが萎える前に、選手に自信を植え付けてやってください。

バクスタで一列全員で、サポーターの方手書きの<J1へ!>の横断幕を持ちました。

みんな一緒にJ1目指しましょう!

WIN BY ALL!

2011年9月10日 (土)

9月初めの東京湾の空

9月6日 朝と夕方の空

東京湾の対岸にレインボーブリッジが見える朝

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陸地は幕張のビジネス街、1日が始まろうとしている。

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午後4時過ぎの東京湾、雲間から降り注ぐ散光

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対岸は、場所によっては雨が降っているようだ。

射す光が見せてくれる東京湾の夕暮れ


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街の上には、帳が降りる前の優しさがあった。

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刻々と変化する空

青みがかった雲と夕日が作り出す色に、1時間も見入っていた。

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空が、優しい色に変わってきていた。

余韻、、、、

これから、台所へ

9月9日、夕暮れの空が、ビジネス街を包み込もうとしていた。

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同じ時、海の上は強い色合いに染まっていた。

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それもまたそれも、美しい空の色、見惚れる夕暮れのひと時

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色に魅かれて、空に魅かれて、、、

 

2011年9月 9日 (金)

簡易袱紗の作り方

簡易袱紗の作り方を、古いブログから再アップします。

見本の袱紗は友人が作ったものですが、その袱紗をもとに図を立ち上げました。

写真中に記載してある材料は、一緒に写っている袱紗とは関係ありません。

母の遺品の留袖で、弟に作って渡した袱紗の材料を記載してます。

簡易袱紗の材料

材料:表地35cm×24cm

        裏地35cm×24cm

       芯(洋裁用厚手の張り芯 32cm×22cm

   布用ボンド(できれば、透明なものが良い)

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見本の袱紗は裏地がピンと張れてません。

工作用の段ボール紙を使ってますが、洋裁用の厚地の糊付の張り芯が良いと思います。

弟に渡した袱紗は、<紋>を生かして仕立てました。

工夫して仕立てて見て下さい。

2011年9月 5日 (月)

JEF-ヴェルディはドロー(ヴェルディ巻誠一郎なんて悲しいぞ)

JEF対ヴェルディは1-1のドローで終わり、フクアリのサポーターは落胆の色が濃かった。

ヴェルディは、若い選手が育っていると聞いていた。

そして、あのJEFを牽引していた巻誠一郎選手が対戦あいてのFWとして参戦してきた。

試合前の選手紹介では、巻誠一郎とコールされる前から拍手と『巻~!巻~!』と叫ぶ声がJEFサポーターから上がっていた。長い長い拍手と歓声だった。

涙ぐんでしまった。

私たちは、巻選手のいないJEFなんて考えてもいなかったし、一緒にJ1に復帰する事を思い描いていた。

なのに、彼がJリーグに復帰した日、対戦相手として目の前に現れた。

それでも良い、巻選手がJのユニを着て元気にピッチで仕事をしていることに感謝している。

がんばれ!巻誠一郎!

(写真は、いつものようにドワイト監督と選手が、輪になって外に飛び出す瞬間)

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試合が始まって速い時間帯に、加入早々の大島選手が得点を上げた。

やっと、念願の大島選手の加入だった。

勝てるかも?の思いは、振り払われてしまった。

ヴェルディの選手の速さに、JEFは手こずっていたし、パスもカットされ続けた。

J2きっての点取り屋チームが、足が攣るまで走り切っていた。

若いエネルギーが、自身の持つ力以上の仕事をしようと走り回っているように見えた。

一点に抑えられたのは、ラッキーだったのかもしれない。

それにしても、ドワイトさんは何故交代枠を使い切らないのだろう?

疲れ切っている選手に代えて、気力とエネルギーを蓄えてベンチで待機している選手に、託したらどうなのだろう。

ファン・ゲッセル選手は、今この時必要?

自分が連れてきた選手だからと言って、使えない時は外せば良い。

出たくてうずうずしている選手を使ったら良いのに、ベンチの選手を信頼してね。

それにいつまでも、怪我等で離脱している選手を言い訳にしているけど、言い訳にできる期間は当に過ぎている。

だんご状態のJ2 ,今日勝てたら、一気に首位になれる日だったのに。

って?

どのチームも同じことを思っていそうだ。

次はすぐにやってくるが、8千人強の集客では物足りない。

でも、勝って強くならない限りフクアリに足を運ぶサポーターの数は増えそうもない。

土曜日が近づいたら思い出してください。この言葉

WIN BY ALL !

そうだ!フクアリへ行こう!

2011年9月 3日 (土)

思い当たらない足の爪の負傷:皮膚科

如何したものか、左足の第3指の爪の下が、どす黒い色に支配されかかっていた。

隣の第2指のつま先も黒くなっていて、色も濃くなり出しているような気がする。

4か月前くらいに、小さな黒い斑点を見た時に

「いつ、どこに、ぶつけたんだろう?」

単純に気にした程度だった。

日がたって、数か月もの間拡大し続けた。

良からぬことを考えるようになった。

「たぶん、大変な病気を抱えてしまったんだ。」

考え出すと、どうしようもなく不安になった。

夫は「内出血」だと診たが、私が不安がるので夫まで不安にさせてしまった。

翌朝、かかりつけ(内科)のお医者さんに診ていただくと、私が思っているような皮膚癌とは色が違うといわれた。

「たぶん、内出血でしょう。」と、素人の夫と同じ診断を下された。

「小さな内出血が、数か月もかかって広がりますか?」

私の問いに「一週間くらいじゃないんですか。それじゃ前症状と言う事も考えて皮膚科にいらっしゃいますか。」

黒色腫ではないらしいと分かった途端に、気持ちが楽になった。

すぐに皮膚科に行って見ると、午後は2時45分から受付だったので出直すことにした。

この日は、台風の影響を受けて降ったりやんだりの雨模様で、一日延ばして土曜日の午前中に診察を受けて来た。

かなりの混雑で、躾の悪い児の親が看護士さんと受付スタッフに注意を受けていた。

診察室のドアをガタガタさせて、大声を出してすべてのドアを開けにかかっていた。

看護士さんが出てきて「お母さん、させないで下さい。中で診察してるんですから。」

「何回言っても聞かないんです。」

「ダメですよ。いけないって言われたことをやっては。」

続けて言った。

受付スタッフさんも注意をしていたのだ。

それなのに、母親は「すみません。」もなかった.

注意されることに、慣れてしまっている母子なのだろうと思った。

そして、最近特に思うのだけど、町医者にかかっている人が名前を呼ばれても返事をしないことだ。

何故なんだろう?

黙ったまま診察室に行く準備を始める。

返事をすれば、呼んだ人に負担をかけないのに、捜しているのにと思って見ていることが多々ある。

「反射的に返事をして立ち上がって、その人に目線をおくるのは私だけでしょうか?」

ああ、足の爪のこと。

結論は、内出血だった。

足の患部にスプレーをかけ、拡大して診て下さった。

  • 大きく出血した指は、同じ場所を何度もやっているらしいこと。
  • ウォーキングでも起こること。
  • 登山をする人・運動をする人が起こしやすいこと。
  • サッカーをする人は、指全部をやっていたりしていること。

このサッカーで、なぜか納得してしまった。

サッカーはしないけど、ホームのゴール裏で毎回応援している事を考えて、皮膚科のお医者さんの言葉に、妙に説得力を感じてしまった。

選手じゃなくても、応援だって狭い場所で立ち上がりタオマフ振り上げ飛び上がり、急な階段の上り下りもするし、私の足には負担なのかもね。あっ、体重?

「内出血が、4か月もかかって広がるものですか。」

一番の疑問に「同じ場所を何度もやっています。」

のお答に、苦笑いしてしまった。

皮膚科の診察結果は、かかりつけの先生に報告を済ませて心が軽くなって帰途に就いた。

サイズの合わない靴を履いていることも、原因なのかも、、、、

右足に比べて左の足の方が小さいようで、やはりシューヒッターさんのいる靴屋さんで買わなければダメかな?

足の爪の下の内出血が理解できたところで

さあ~! 明日のヴェルディ戦は、JEFの勝利を信じて応援頑張るぞ~!

ブラジルへ!サッカー日本代表勝ち点3をゲット

台風の影響をもろに受けた埼スタで、北朝鮮を迎え撃った日本代表は辛うじて勝ち点3を手にした。

サムライブルーのユニフォームは、ナンバーが金色になり、TV画面で見る限りは落ち着いた色合いでかっこ良さがアップした。

主力選手を欠いてのチーム力は、如何かと楽しみと不安で見続けた。

遠藤選手がいつもの遠藤選手らしくなく、長谷部選手もトラップミスをするなどはらはらし通しだった。

北朝鮮は、負傷したゴールキーパーを替えることなく最後の笛が鳴るまでゴールを守らせていた。

日本では有り得ないだろうと思いつつ、無理をさせて北朝鮮はGKPを潰してしまうのではないかと、はらはらしながら見守ってしまった。

日本は、後半のロスタイムぎりぎりにゴールを決め、日本中が胸をなでおろした瞬間だったのではないだろうか。

長谷部選手から清武選手そして吉田麻也選手へと渡り、美しいヘディングでゴールマウスにへとボールを押し込んだ。

渾身のワンゴールだ。

前半とは打って変わって、長谷部選手が強烈なドリブルで切り込みチャンスを作っていた。

若い選手に、身をもって示したドリブル突破が最後のゴールにも繋がったように見えた。

JEFの山口慶選手が、吉田麻也選手のブログを紹介して以来読者になっているが、とても軽快で楽しい。

ヨーロッパで活躍している選手同士の交友関係も、自然で仲の良い繋がりが心楽しいものとして綴られている。

現日本代表のチームワークの良さもわかる気がする。

http://maya.blogzine.jp/blog/

上記のブログは、吉田選手が代表で活躍するようになってアクセス数が上昇中だとか。

選手達は、既にウズベキスタンに移動中のようだが、遠藤選手も右内転勤の故障を抱えているようなので、他の選手に、より頑張ってほしい。

元日本代表の岡田監督は、麻也選手は闘莉王選手同様サッカーセンスを持っていると語っていた。

去年は、悔しい思いをしている筈なので、今年は、怪我に泣かされないように頑張ってほしい。

2011年9月 1日 (木)

ドナルド・キーンさん、「お帰りなさい!」

東北大震災が起こった後、日本文学研究者のドナルド・キーン氏(米国人)が日本国籍を取得し帰化することを公表しました。

コロンビア大学の院生への最終講義で、『88歳は日本では重要な年(米寿)、私も人生をチェンジすべきと考え日本で残りの人生を全うすることにした。』

『日本という女性と結婚』すると言われました。

日本(特に東北)が、困難に瀕している今、寄り添って役に立ちたいという心境なのだとろうと思いました。

キーン氏が日本に興味をひかれたのは、源氏物語に出会ったことがきっかけのようです。

日本文学研究者として、私の尺度では計れないほど偉大な方という事くらいしか知りません。

『日本で死ぬことはとっても相応しいこと。』という思いと『日本人になって生涯を終えるという決心』をどう受け止めれば良いのだろう。と、、、、

嬉しい反面戸惑いもありましたけど『帰化は、長い間驚くほどの親切さで接してくれた日本人へのせめてもの恩返し』なのだそうです。

それに、一番住みやすい所は日本で、日本にいると一番落ち着くと言われました。

35年前に東京に家を買って、一年の3分の2は日本で過ごしてきたそうですから、それなら、是非是非日本人になって下さい。日本にず~と長~く安寧にお過ごし下さい。と申し上げたいと思います。

今日(9月1日)、成田に到着後の会見で『やっと日本に来ることができて、嬉しい。今日は曇っているが雲の合間に日本の畑が見えて美しいと思った』

そして、被災地へは『希望があれば災害を乗り越えることができる。』とエールをおくられたようです。

被災地への訪問なども計画されているそうです。

「ドナルド・キーンさん、お帰りなさい!」

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