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2012年2月の投稿

2012年2月26日 (日)

千葉銀カップ

新チームになって初めての公式戦を、ワクワクしながら待っていました。

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JEFサポーターが柏戦で歌う歌を、柏サポーターが茶化すように歌っていました。

覇気のないこの歌は、真似されると滑稽に映り嫌な気分になります。

それが、ダービーなのでしょうね。

Cimg2809

水戸とのTGを見た限りの印象でしたが、「18」の選手をマークし期待をしていました。

得点はできませんでしたが、今年のチームは去年とは全く違い安心してみていることができました。力のある選手が加わった事で、安定感がありました。

J1王者柏に0-1のスコアで負けてしまい、その上、米倉選手は負傷退場というアクシデントに見舞われました。

柏は調整の段階と言う事も言われましたが、JEFの球際の粘りは去年に比べて断然アップしています。

柏の1得点は、どうして入れられたのかわからないような、間抜けな失点に見えました。

帰宅後、ちばTVの放映を見ると、安易な横パスをカットされてあっけなく入れられたものでした。

二度目の横パスも、ドキッとしました。

三度目のパスは、相手とのコンタクトが取れていました。

(がんばれ!武田!がんばれ!)

この試合に負けはしたけど、今年のチームはきっと頑張れる。そんな期待を抱きました。

それにしても、毎年のように新しい応援歌ができますけど、わかりませんし、歌えません。

必要あり?ですか?新曲は定着するものを作ってください。

今日、一つだけ不愉快なことがありました。

私の後ろの方で、ピッチ上の選手たちに向けて一人怒鳴り続けていた男性は、何が目的だったのでしょうか?

悪態をつくほど酷い試合ではなかったでしょ?

最後に、一階の団体さん達に「○○下に降りて来い。」と言われたら、一言もなくなりましたけど。

お知り合いだったようですね。

ゲームを楽しませてくださいね(*^-^)

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Cimg2818

次は、J2リーグの本戦です。

3月4日は、足利まで出かけますので初戦を観戦できるかどうか?

午前中に用事が済めば、千葉にとんぼ返りでフクアリに向かいます。

今日のゲームも楽しみにしていたのですが、2日前に、以前から時々お付き合いのある偏頭痛に見舞われ、最悪の状態になりました。

早めの投薬でフクアリ観戦できましたが、私の偏頭痛は、左目の眼筋麻痺を伴い焦点が合わなくなります。

左右の目が、それぞれに焦点を持つのでピッチ上の選手たちがなんと二倍の数になるのです。

それでも、早めの投薬で足元の視界にまでは及びませんでしたし、(薬のおかげで)痛みも無くなりましたので、遠いピッチ上の選手の数が異常に多く賑やかでしたけど、ゲームを楽しむことができました。

そして、やはり早めの投薬が効いて午後6時半開始のTV放映時は、通常の目に戻りました。

めでたし、めでたし(^O^)

2012年2月18日 (土)

うっすら雪化粧の朝、寒さで震えて見ていた午後の練習試合(ユナパ)

朝の公園は、うっすら雪化粧

散歩する人、カラス、犬、、、、、、みんな夫々の朝です。

Photo

風も有り寒い午後でしたけど、新メンバーになって初めての練習試合(水戸ホーリーホック)を見にユナパまで出かけました。

水戸の選手の皆さん、ようこそユナパへ(*^-^)

Photo_2

ユナパの金網の周りは、サポーターでぎっしり埋まりました。

冷たい風に、皆さんガタガタ震えながらの見物でした。

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オフィシャルを見ると

http://www.so-net.ne.jp/JEFUNITED/tools/cgi-bin/view_news.cgi?action=view&nid=7571

選手の名前を出してはいけないようですので、2月26日の千葉ダービーを楽しみにしたいと思います。

去年のチームより、各段とチーム力が上がったと思いますし、選手同士の連携もうまくいってましたし、ゴールまでなかなか通らなかったボールも今年は点に結びつく予感がしました。期待でワクワクしています。

キックオフ直前に円陣を組んで、ポジションに散ってゆくところです。

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防寒を万全にして出かけたつもりでしたが、今日は太陽の暖かさより冷たい風が勝ちました。

下に置いてあるボールが、コロコロと風に転げて一か所に向けて流れていました。

そんな風の中で、いづれの選手もボールを足元に収めてしっかりと戦っている姿に、あらためてプロの凄さを感じました。

寒くて途中で見学を諦めて帰る方もありましたが、ガタガタ震えながら試合終了まで見ていた方も沢山いらっしゃいました。

帰る道すがら

26日には、背中には“貼るカイロ”を3つ付け、拍手ができるように両腕にも小さいカイロを張り付けて手先が凍えないようにして、靴用カイロも準備して、、、、

自分の足で歩いている感覚を、確かめながら蘇我駅に向かいました。

電車に乗って体が温まるのを感じながら、新チームへの期待感でワクワクしていました。

シーズン開幕が待ち遠しい今日でした。

(本日夕方の富士山)

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(追記)

JEFの表敬訪問の日の千葉市長のブログ

http://kumagai-chiba.seesaa.net/article/252109734.html

2012年2月13日 (月)

癒しのひと時は、辻井伸行さんのピアノにPOMの絵

ピアノの音色が好きで、子供たちが巣立つ前は、FM放送を聞きながら台所に立っている時が多かった。

ただ好きというだけで、題名を覚えるでもなく、心地よい響きに浸っている。そんな聞き方をしていた。

ブーニンのショパンをよく聞いていた気がする。子供たちには、ピアノを習わせていたが、私はまるっきり弾けない。

最近BS放送で、辻井伸行さんを特集する番組が多い。

彼は赤ちゃんの時、ブーニンがお気に入りだったようだ。

天才少年と言われだした頃、稲毛在住だったと覚えている。

最近も、お母さんの講演のパンフがマンションの掲示板に張られたりもしていた。

昨夜は、日本と同様に地震被害のあったトルコで“トルコ行進曲”を弾くといった企画だった。字面にしてみたら私の表現に可笑しみはあるが、実際には“トルコ・アルタルヤに奇跡の響き”という素晴らしい表題が付いていて、心に響く素晴らしい演奏だった。

モーツアルトの軽やかで明るい曲を、辻井さん本人の優しさあふれる心が表現されていた。

澄んだ音色の余韻の中、そのまましばらく包み込まれていた。

辻井さんの、日本語を丁寧に紡ぎだす姿、謙虚な姿勢はピアノと共に心に響く。

辻井さんのピアノを楽しんでいる時、娘から添付メールが届いた。

このところ、絵に関心が無くなったようだと言われていたPOMだったが、代表で出品した絵が入選した。

その絵を見たいと告げておいたので、POMの入選作が添付されていた。

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携帯画像なので、本物とは多少違うだろうけど“素晴らしい”(ババばかをお許しあれ)。

黒いランドセルの色も、構図も、とにかく素敵。

優しく包み込むようなピアノの音色と、ランドセルの絵に、ゆったりとした癒しの時を過ごすことができた。

“素晴らしい”と一言返信すると、それにまた返信

KAULが、“縄跳び大会4年生、両足後ろ跳び246回3位”だったって言ったの?と聞かれたので伝えておく。

なので、KAULちゃんも“素晴らしい(拍手)”と伝えておいて♡

また返信する。

前もって聞いていたのに、褒めてやることを忘れていた。

二人共褒めなきゃいけません。と言う事で反省m(. ̄  ̄.)mス・スイマセーン

2012年2月10日 (金)

素敵に気分転換その後病院へ

1週間前から、体の一部分に違和感があって不安を感じていたが、今日は思い切って診察をしていただこうと家を出た。

病院近くの保育園の庭に、子供たちと男の先生の姿があった。

“JEFお届け隊”

見覚えのあるkappaの黒いジャージ姿。それは、二人のJEFスタッフさん。

診察前ちょっと心細かった私の中に、俄然勇気が湧いてきた。

2012年仕様のユニフォームと同じデザインの車も停まっていた。

Jef

“コアラ”と自己紹介した方が、「コアラコーチのお尻を叩いてくださ~い。」と子供たちに呼びかけると、笑い声と共にコーチめがけて走り出した。

なんて、楽しそうなんでしょう!

子供達の笑い声、見慣れたJEFのジャージが楽しげだった。

「よしっ、行こう!」

明るい気分で病院へ。

不安だった病状は、よくある症状のようで、分かり易く言えばおできのようなものだと言われた。

できたしこりも、まだ切るまでにはなっていないし痛みもないので、抗生物質薬を飲んで1週間様子を見ることになった。ただ、私の場合は出血しやすいと言われた。

何度も繰り返す人もあり、痛みで座れなくなる人もあり、熱が出る人もあり、、、、

年を取るとそんな故障も出てくるのかと、、、。

娘には、私の故障を記憶させておこう。

娘が、同じ病状になった時に必要以上の不安に駆られない為に。

1週間後、改善できていたらいいなぁ(o^-^o)

2012年2月 8日 (水)

水原オフィシャルページに、JEFとの練習試合の様子が載っています。

Kリーグ水原三星のオフィシャルページhttp://www.bluewings.kr/

8日沖縄西原競技場でJEF千葉と試合をして、心残りな敗北で幕を下ろした。

7日2-0で勝利して2連勝をと努力したけれど、8日の試合では1-3で敗北し、試合を終えた。

練習試合記録は、1勝1敗であった。

9日は、同じ場所でサンフレッチェ広島と試合をする。、、、と書かれています。

ボスナー選手は、後半に出場した模様です。

JEFの誰がゴールしたかは、書かれていません。

よちよち歩きの韓国語の訳に、自信はないのですが、JEFとの集合写真が二枚大きく載っています。

写真だけでも、ご覧ください。

2012年2月 5日 (日)

散歩途中・旧神谷伝兵衛別荘

今年の冬は、殊の外寒い日が続き“梅の蕾は未だかいな?”と、散策に出かけた。

娘が誕生した40年前の1月10日に、鎌倉にお住まいだった夫の恩師の庭に梅が咲いたとお聞きしていた。

実は、男の子だったら決めていた名前があったのだけれど、娘が生まれ急遽先生に女の子の名前をお願いした。

10くらい考えて下さった中に“むめを”の候補があって、意味をお訊ねしたところ誕生した当日に庭の梅が一厘咲いた、、、というお言葉だった。

「むめ」は、若い梅を意味するとお聞きしたような気がする。

それから、梅の咲く時期が気になるようになったのだけれど、娘の誕生日ごろに梅の花を見た記憶がない。

夫が「稲丘当たりの梅畑を見に行ってみよう」と言い出して出かけてみたのだけれど、蕾は小さく硬く当分咲く様子はなさそうだった。

“風の街”には、桜並木は多いのだけれど、梅の木はほとんど見かけない。

この日の散策は、家を出て黒砂水路伝いに国道14号線を越えて梅畑に行く、いつものコースであっていつものコースの途中に見つけていた梅だったのだけれど、、、。

まだまだであった。

黒砂水路の脇の歩道は、黒松とマテバシイが両側に植えてあり自転車路と歩道が線で区別されている。海から全長2㎞くらいだろうか?2㎞と言うと14号線までかな?右側に黒砂水路があり、そのまた右側は仕事車がびゅんびゅん行き交う道路があり、道路を超えると工業団地になっている。

歩道の左側の車道を越えると、集合住宅地が幕張まで続いている。

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幕張まで続く美浜区は、埋め立て地に作られた住宅地帯で、昨年三月震災で液状化被害が多く出た地域で、今あちこちで歩道の補修が始まっている。

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3月いっぱい続けられるようで、凸凹とうねっていた歩道が車椅子を使用している人にも優しい歩道になりつつある。

14号線を越える歩道橋を渡っている時、「ガキガキガキガキガキ」と何かを踏み潰しているような音を聞いて下を覗くと、とてつもなく長~い仕事車が略直角に左折しているところだった。

上下線ともに交通量が多く、怖さを感じる程だ。

その日の目的地は、梅畑だったのだけれどそのまま京成線伝いに少し歩いて、今では珍しくなったお風呂屋さんの煙突を眺め、住宅街を抜けて14号線に再び出ることにした。

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つい先程まで、細く黒い煙を出していた煙突は何もしていないかのような姿に変わっていた。

坂を下りて、再び14号線に戻ると上下線共車列は遠くまで続いていた。

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ぶどう酒に魅せられワイナリーを作り、一世を風靡した旧神谷伝兵衛邸へ
階段を上がって旧神谷伝兵衛別荘に入り、庭の彫刻を眺め池の鯉を眺め二つある玄関の一つの前に立ってしばらく眺めていると、庭の木々に水やりをしていたボランティアの方が「どうぞ、中へお入りください。」と勧めて下さった。

軽く一階のご説明をしてくださった後、自由にご覧ください。とのお言葉をいただき、写真撮影の許可もいただき、二階へとお邪魔することにした。

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和室と廊下の天井は竹で葡萄棚をイメージし、床柱には太い葡萄の古木が使われていた。

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床の間に掛けられた書は、「會古通今」と書かれていたが、12歳の中国の少年(神谷と同い年)の作品だそうだ。

お聞きすると、今でいう「温故知新」の意味のようだ。

千葉市で一番古い鉄筋コンクリートの建物で、ここは迎賓館として使用し、隣に木造三階建の家屋を建てて住まいとしていたのだそうだ。

昨年三月の地震では、一階と二階の階段が設置されている角にクラックが入り、一階部分は修復されていた。

二階部分はそのまま残っていたけれど、傷跡を見た限りでは、しっかりした作りなのだろうと想像ができた。

三階建の木造家屋はなく、まるで一つの建物であったかのように“千葉市民ギャラリー・いなげ”(正面向かって左の玄関)が増築されている。

(二つある玄関の意味が解明)

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ギャラリーでは、写真展が行われていた。

いずれも入場無料。

ここを後にして、隣の浅間様へと向かうことにした。

短く急な坂道を上りながら『母が「坂道は踵の土が足りない。って、母親が言ってた」と話していたけど、、、、。』夫に話しかけながら、ふうふう言いつつ上っていると「この坂は大変でしょう!」駐車場に車を停めた優しそうなおじさんが、にこにこ話しかけてきた。

「たいへんですね~。」私も笑って応えた。

(私の話が、聞こえていたみたい)

雪が降ったら、上れそうに無いほど急な坂道だった。

坂を上ったところに松林があり、その松林は浅間様へと導いている。

浅間様には、頭を下げて通り抜けるだけにした。

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浅間様の鳥居あたりで、電気工事をしてる方たちがいた。

「なにかイベントでもあるのか?」夫がつぶやいた。

左わきの緩やかな坂道をたどると、直ぐ隣には、愛新覚羅溥傑の仮寓がある。

こじんまりとした古い木造家屋は、ここもボランティアさん達が心地よい空間にしてくれている。

昔の保養地が、14号線というものすごい道路脇にあるという、何だか不思議な一角。

家を出て3時間、ゆっくり回った13㎞。

いつもの散歩コースの一つ。

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