熊本の息子さんに引き取られた方はどうされてるかしら?
熊本地震から1年になるのですね。
あらためてお亡くなりになられた方々のご冥福をお祈りさせて頂きます。
震災当時、素早く動いたJEFサポさんと選手達とが力を合わせて支援物資を集める事を決めて下さいました。支援物資は被災地の巻選手に託しましたし、益城町出身の藤嶋選手が仲介役として頑張ってくれました。
震災から一年と言う事で各TV局が中継をしています。見ると倒壊した当時のままの姿もあり、殆ど復興できていない状況のようです。何度も未曾有の大震災に見舞われている日本ですが、福島もまだまだ不安材料が山積みですし、被災地で心穏やかに過ごせることが一番なのですが、先の見えない行政に頼れない日々を送られている姿を見るに付け歯がゆい思いでいっぱいになります。
個人的には、阪神淡路大震災の時も新潟大地震の時も東日本大震災でも知り合いや親せきがいて本当に心配しました。そして昨年は熊本が、地震の標的となりました。今現在、日本中が傷の癒えない状況になっています。
こんなに大きな災害に何度も会いながら、抜本的な対策が出来ていない事にジレンマを覚えます。
個人的には全く存じ上げていない方ですが、娘の友人の隣人だった方が震災後に熊本の息子さんに引き取られて行ったそうです。
千葉に長くお住まいだったそうですが、息子さんだけが熊本に帰られて所帯を持ったようでした。
ご夫婦二人で、息子さんに子供が生まれたと幸せそうだったと言ってました。それが、奥様が急死後、ご主人も病に倒れ一人で懸命に頑張ってらしたようです。
奥様の死をご近所には知らせなかったと言う事でしたが、ある時、自分も入院することになったので自宅のカギと車のキーを預かって欲しいと頼まれたのだそうです。
入院中は、部屋の空気の入れ替えや時々車を動かすなどしてあげていたと言っていました。二度目の入院の時も気丈に一人で頑張っていらしたそうですが、息子さんがやって来て熊本に連れて帰える事にしたと言われたそうです。その息子さんも熊本では被災されていて同居が困難と言う事でした。近くに部屋を借りて一人暮らしになると言ってたそうですが、その後の事は娘の友人も知らないとは思います。如何されているのか時々思い出しています。
どうぞ、明日が希望の持てる日本に生まれ変われますように。
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mattiさん
親を受け入れる側の息子さんにもいろいろ事情があるようで、全てに良い状況とはいかないようです。二度も入院された後だと言う事で心配ですが、お元気でいて欲しいです。
TGの3本目はユースっ子中心でした。江尻さんのところにはU20代表候補が二人挨拶に来ていました。JEFユースでお世話になった子達じゃないかな。樹君かどうかは分かりませんでした。
投稿: krim | 2017年4月19日 (水) 21時12分
まとめ読みしました。すみません。高齢の親と遠距離って大変です。この方は息子さんのもとへ、いかれましたが、高齢の親の環境が変わるって、それだけでボケてしまったり、心配なことばかり。どうかお元気でいらしてほしいです。
TGは3本目はユースも出場していたようですよ。TGレポありがとうございました。
投稿: matti | 2017年4月19日 (水) 08時21分