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カテゴリー「心と体」の記事

2021年12月27日 (月)

健康管理の大切さを痛感。救急搬送されて反省。

12月に入って、風邪気味であるという自覚はありました。

喉が痛く食欲は無し。そして平熱。

市販の風邪薬を飲んでのどの痛みも和らいでいました。完全に治したいと思ってかかりつけの内科医院へ。

処方箋をいただいて、いつもの調剤薬局に行きました。

暑いなあと思い上着を脱いだ時に名前を呼ばれ窓口へ。

顔なじみの薬剤師さん「 風邪ですか?」

私「ずっと風邪気味でしたけど、今日は大分体調が良いんです。」

次の瞬間(あ、気分が悪い、我慢しよう。)

記憶はそこで切れています。

気が付くと、天井が、、、、

名前を呼ばれて、倒れたことに気が付きました。

「大丈夫です。」と起き上がろうとすると「もうすぐ救急車が来ますから。」「救急車を呼んでありますから。」と声をかけられました。

間もなく救急隊の方が到着しました。担架に乗せられ救急車の中へ。

名前と年齢を聞かれ、きちんと答えられていることを確認。点滴、心電図そして、、血圧を測って「40の88。低いなぁ。いつもどのくらいですか?」「120代です。」と応えると「目を見ます。真っ白。今朝食事をしましたか。何時ごろですか。」家族は?今家にいますか?電話番号は?矢継ぎ早に聞かれ応える。その間に受け入れ先の病院も。

夫に電話で連絡をして下さり「ご主人がすぐに向かってくれるそうです。」と知らせてくださいました。

「血圧は戻って来ています。」すべて声に出して行動されているんですね。「太もものあたりは濡れていませんか?」「濡れていません。」と応えると「ちょっと触ります。おむつはしてませんか?」「していません。」

これか!と思いました。

TV番組でベテラン女優さんが言ってたことを思い出していました。

後に夫に言うと、自律神経の関係で失禁する人がいるのだと言われました。

車酔いの激しい私は、救急車の中で、車酔いしそうだと思ったころに到着していました。せいぜい5分位ですが、、、病院で用意していたストレッチャーに「自分で移動してください。」と救急隊員の方に言われて移動しました。何の支障もなく自力で移動できました。

救急車を呼んでくださった薬剤師さん、救急隊員さん、救急科の先生はじめスタッフの皆様本当にお世話になりました。ありがとうございました。

病院では、短時間に必要な検査をして結果まで出してくださいました。

自転車でやってきた夫と、徒歩で帰宅できました。

担当してくださった救急医の先生が「腎臓が気になります。」「水分の補給をしてください。」と言ってくださったので年を越したら診ていただこうと思っていますが。

その2日後と3日後に、娘からLINEがきたのですが既読スルーしたところ「お母さん生きてる?」と三度目のLINE。

"生きてるけど、ちょっと体調不良。”と返信したところやはり状況説明をしなければならなくなり、腎臓が気になると言われたことも伝えると「腎臓、尿だよね。お母さん膀胱炎になってたよね。」と言われ、おしっこを我慢しないようにと昔お医者さんから言われていたことを思い出しました。その前には、超多忙な時期に腎盂炎も。

娘のおかげで思い出しました。

そして今回、喉の痛みで食欲がなく3日で体重が2キロも落ちていたことに気が付いていました。

冗談で夫に「あなたが、私に美味しいものを食べさせてくれないから、、、」そう言いながらも自分では食べていると思っていました。ただ、振り返ると毎食"ご飯二箸、スープ二口"くらいだったと思います。

夫は、私の好きなものが分かりません。総菜を作るなんて考えてもいない人です。

私が、反省しました。

でも、病院には到着してから5分後くらいには来てくれました。

「今日は、びっくりさせてしまって申し訳ありませんでした。ありがとうございました。」と頭を下げると

「いやいや、夫婦ですからね。びっくりだけで良かった。」と。

失神して打った頭には大きなこぶができていました。アイスノンで冷やして二日くらいでへこみましたが、痛みは10日以上引きませんでした。

まさか自分が、救急搬送されるとは思いませんでした。

後日、薬剤師さんにお礼を言いに薬局へ。

「風邪気味だとおっしゃっていましたものね。」と。ある程度状況の分かる状態だったこともあって、そういってくださいました。

夫も共に行ってくれましたが、倒れたところが薬局で良かったと二人して思いました。

運転免許もありませんが、車を運転している時にこういう事が起こって事故が起こるんだろう。と思いました。

暮れに来ての大反省でした。

医療スタッフの皆様、救急隊の皆様本当にありがとうございました。

2019年12月11日 (水)

〝ピラティス”を始めて一年未満ですが、長年使い続けている体が矯正され始めました。

嬉しい体現です。

大層な変化ではありませんが、2019年1月から12月まで通った〝ピラティス”の成果が出てきています。長年使い続けている体が矯正され始めたのです。

そこで、誰も望んではいませんが、、、

私が応援してやまない〝JEFUNITED市原・千葉”は、ちっとも自己総括しませんので、私のピラティスの一年弱の総括(笑)を書き留めておきます。

ピラティスを始めた切っ掛けは、目の前の公民館で体操をしているという方に誘われて行ったところが、なんとシルバー体操!

私もシルバーではあるのですが、10歳くらい年上の先輩ばかりで、中のお一人が全く人の話を聞かずに勝手なふるまいばかりでストレス過多になり、辞めました。そして見つけたのがピラティスだったのです。

ピラティスとは?(名前も知りませんでした。)

インナーマッスルを鍛える運動で、第一次世界大戦でドイツの従軍看護師のピラティスが負傷した兵士のために行ったリハビリから始まった運動だそうです。寝た状態から立って歩くまで。と、インストラクターのお言葉です。

ヒーリング音楽を静かに流し続ける中で、仰向けになり常に腹筋を意識しながら脚を伸ばしたり、、、深い呼吸を心掛けながら腹筋を上下に動かしたり、股関節を回したり、、、足指はしっかりと床をつかむようにとか、体を動かす上での基本を意識しながら一時間を過ごします。超初心者のピラティスですから誰でもできることだろうと思います。

ピラティスを始めて一年弱です。

一番難問の腹筋が少しついてきました。始めた時は、感覚的に私の腹筋はゼロでした。胃のあたりのふっくら感が少しなくなりました。

一番驚いたのは、歩いている時の癖がなくなったことでした。歩いていて、左足先が内側に向くことが悩みでした。直そうとして挑戦したのですが気にし過ぎて疲れたり痛かったりで諦めていましたが、2か月前くらいに左足も右足同様につま先がまっすぐに前を向いていることに気が付きました。硬かった股関節が滑らかに動くようになってきたためだと思います。

3つ目、病的な肩こりの回数がぐっと減りました。

週一で一時間を、10回×4=40(時間)でしたが、朝起きる前に30分間はほぼ毎日続けています。

その成果が出ました。

これからも続けます。たぶん、しばらくは超初心者クラスに留まる予定です。

無理せず楽しくをモットーに!

 

 

 

 

 

2013年7月26日 (金)

帯状疱疹

右ウエスト辺りが、豆粒くらいの大きさに赤く膨れて、嫌な予感がしていた。

これって、帯状疱疹かな?そんな気がしていたが、帯状疱疹がどんなものであるのか聞いて知っていただけのもので、見た事もなかった。

ただの炎症かも知れないと、家にある特長の無い塗り薬を付けてみた。ちょっと違うぞ。それではと、以前にいただいたお医者さんからの塗り薬を付けてみた。やっぱり感覚が違う。

夫が「あせもの寄りでは?」と言うので、あせもの薬を買ってきて2日ほど塗って見たが、やはり違いそうだった。

汗は多い方だが、殆どあせもの経験は無いけどあせもとも違いそうだった。

虫刺されかな?でも、ちょっと違いそうだ。

やっぱり、病院に行こうと決め、遅まきながら皮膚科に行って見ると“帯状疱疹”と診断された。

もうだいぶ広がっていて、二か所が赤く炎症を起こしていた。

先生に“そんな時は、できるだけ早い段階で来るように”と言われたが、気が付いて5日目くらいに皮膚科を訪ねたし、まさか最初の嫌な予感通りの病気だとは思いもしなかったし、初期段階では分かりにくい病気だと言う事で、仕方がなかったかなと思っている。

帯状疱疹と言うのは、幼い頃に罹った水疱瘡が治った後も、そのウィルスだけは長年体内に住み着いていて(神経の細胞が集まった部分に隠れていて)、免疫力が低下し体力が衰え抵抗力が無くなった時に、復活するもののようだ。

私の場合は、何十年も住み着いて今この時期に活動を再開したのだ。

免疫力低下と共に、過労や怪我、大きなストレス、高齢化そして病気、手術、等々色んなの要因があるようだが、私の一番の原因は大きなストレスがあったからだと思っている。

以前は、50歳以上の高齢者に多いと言われていたようだが、最近は20代~30代の若い年代にも増加しているそうだ。

私の場合ではあるが、症状は右腰、右横腹、右足の付け根の3か所に現れた。

最初は、皮膚にひりひりちくちくとしたような痛みを感じ、赤い発疹ができて小さな水ぶくれが出た。

他には、一見何にもない場所の皮膚がひりひりと痛い。

初日に処方された薬は、ファムビル錠250g5日分とスタデルム軟膏5gだった。

ファムビル錠は抗ウィルス薬で、酷い痛みは無かったので消炎鎮痛薬は無し。

5日後の再診でファムビル錠250g4日分で、飲み薬は終わりとなった。

塗り薬は、水ぶくれがかさぶたになっても続ける事と言われ、そして使い残しの軟膏は捨てるように言われた。

未だ、完治とはいかないけど、水ぶくれがかさぶたになる前に消えているので、比較的軽く済むような気がしている。

他人にうつる事はあまり無いが、水ぶくれの中に原因となるウィルスが存在しているので、水疱瘡に罹った事の無い人にはうつる可能性があり、それは帯状疱疹ではなく水疱瘡と同じ症状になると言う事で、赤ちゃんや妊婦さんなどには接触しないように言われた。

患部は、お風呂などに入って温める事を心がけ冷やさないようにする。患部を冷やすことは、ウィルスを活発化させ神経痛を悪化させる。

「皮膚の症状が消えた後に、体に違和感が出ることもあります。」と言われたが、痛みや眩暈、痺れが出る事もあるようだが、今のところ神経痛は無いようなので痛みが記憶として残らないのではないかと考えている。

再発の心配であるが、一度“帯状疱疹”にかかると免疫力がついて再発することは殆どないという。

疲れた時には必ず休息を取り、免疫力の低下を避ける生活を心がける事の様だ。

私には、年齢とストレスが確実に襲い掛かった。

がんばろう!

2012年2月10日 (金)

素敵に気分転換その後病院へ

1週間前から、体の一部分に違和感があって不安を感じていたが、今日は思い切って診察をしていただこうと家を出た。

病院近くの保育園の庭に、子供たちと男の先生の姿があった。

“JEFお届け隊”

見覚えのあるkappaの黒いジャージ姿。それは、二人のJEFスタッフさん。

診察前ちょっと心細かった私の中に、俄然勇気が湧いてきた。

2012年仕様のユニフォームと同じデザインの車も停まっていた。

Jef

“コアラ”と自己紹介した方が、「コアラコーチのお尻を叩いてくださ~い。」と子供たちに呼びかけると、笑い声と共にコーチめがけて走り出した。

なんて、楽しそうなんでしょう!

子供達の笑い声、見慣れたJEFのジャージが楽しげだった。

「よしっ、行こう!」

明るい気分で病院へ。

不安だった病状は、よくある症状のようで、分かり易く言えばおできのようなものだと言われた。

できたしこりも、まだ切るまでにはなっていないし痛みもないので、抗生物質薬を飲んで1週間様子を見ることになった。ただ、私の場合は出血しやすいと言われた。

何度も繰り返す人もあり、痛みで座れなくなる人もあり、熱が出る人もあり、、、、

年を取るとそんな故障も出てくるのかと、、、。

娘には、私の故障を記憶させておこう。

娘が、同じ病状になった時に必要以上の不安に駆られない為に。

1週間後、改善できていたらいいなぁ(o^-^o)