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カテゴリー「家族」の記事

2019年8月29日 (木)

高3になったKAUL

高校3年生になったKAULが2年ぶりにやってきました。

進路はいろいろ考えた結果、東京オリンピックのボランティアに参加した後に語学留学をして、帰国後に大学受験をしたいようです。

両親は彼女の希望を妨げることはないようですが、父親とは少し溝があるようです。

今、語学留学のためにアルバイトをして資金を貯めているそうです。

「留学費用は、すべて自分で稼ぐのでそのことは解決済み!」ときっぱり言い切りましたが、父親はそこを納得していないようです。

果たして自分一人の力だけで資金を貯められるのか?と・・・

留学先は、クラスメイトが語学留学を体験した国で、治安が良く物価が安い国なのだそうです。

現在外国語科の3年生です。ハーフ、帰国子女など元々バイリンガルのクラスメイトも多いようです。

留学すると決めた国の名前を聞いたときは、英語圏じゃないでしょ?と思いましたが、公用語が二つあって英語圏ということでした。

KAULは、長かった髪を思いっ切りショートにしていました。

キャラ設定があるようで、女の子なのですが〝イケメン”を目指しているのだそうです。

身に着けているものが、すべてモノクロ!

クラスメイトからはイケメンになってカッコイイと言われたそうです。

イケメンの仕草などもよく観察しているとかwwwwwwww

母親が、外国語科の子たちは変わっている子が多いと入学当時言っていました。親たちの入学式の服装も普通科等の親とは明らかに違うと話していましたが・・・

入学後は、ホームルームも英語だそうですし外国人教師が多い中での高校生活は、個性的な子がより個性的に。。。かな?

個性の塊集団の中で、良くも悪くも揉まれて17歳のKAULがあるようで、それなりに辛い時期もあり悩んだ時期もありで、現在の心境に至ったようです。

(*イケメンに至ったということではありません。)

この夏休み中に、成人式用の貸衣装の展示会にも行ったようです。貸衣装業界もなかなか大変なのでしょうが、母親の振袖が二枚もあるのですが、見もしないで「写真は撮ってもいいけど、それは着ない!」ときっぱり!

「自分なりに着るものにはこだわりがある。」ということです。

ハイハイ

展示会場で衣装を着た写真を送ってきましたが、私は「ノーコメント!」と送りました。

17歳でイケメンが目標のKAULにはぴったりだと思いましたが・・・・

20歳のKAULが今のままかどうか私にはわかりません。

KAULを育てている母親には、2年5か月先が見えているのかもしれません

Img_14012

 

 

 

 

2019年8月21日 (水)

大学生になったPOMに会う

一浪して、地方の国大に入学しました。

機械工学を選んだPOMですが女子学生は5人だけで、しかも遊ぶ場所も全然ないから勉強ばかりしていると笑っていました。大学生にとってはすこぶる良い環境(笑)

それでも、アメリカ発症のマイナースポーツと地方のお祭り(有名なお祭り)に参加の二つの部活にも精を出しているようですから、充実した大学生活が始まっているようです。

夏休みに入って間もなく4日間のお祭りに参加し、法被が乾かずに困ったと言ってましたが、沿道に集まる観光客や地元の方たちの前でキレッキレの踊りを披露していましたので、満足だろうと思います。来年は新入生の前で披露するのだそうです。

POMは、キッズダンスから初めてストリートダンスをしていました。サッカーも同時期にやっていましたし、運動大好き男子です。夏休みが終わったら長距離レースにも出場するそうですが、どれだけ体を虐めたいのかますます細い体が細く見える気がします。

夏休みには、旧友に会ったり、同級生たちとの旅行も計画しているようですが、、、「ディズニーランドに行こう!」と提案されたときは、ディズニーランドはもういいと拒否したそうです。浦安出身の友達もいるし関東勢に拒否されたと笑っていました。

今回我が家に来てくれたのは、孝行と並行して友達の演劇を観に行くことだったようです。

POMが話し相手になってくれて夫は、大喜びでした。

今は無職ですが、逆の立場から大学生のPOMに話せることも多々あって盛り上がっていました。

父方の祖父も、POMの帰りを待ち切れずに夕方に帰省するという日、朝6時からPOMの家の庭で芝生の手入れ(芝刈り)をしてくださっていたようです。

余りにも分かりやすい行動に爆笑してしまいました。

大学生という貧乏生活を送りながらも、良い経験を積んで成長してほしいと思います。

POM、またね!

来てくれてありがとう!

 

 

 

 

2019年8月 3日 (土)

ご実家からお野菜が届きましたー!(美味しい福島の野菜ですよー!)

インターホンに写った宅急便のおじさんは「ご実家からお野菜が届きました~!」(笑)

確かに実家からでしたけど、野菜は実家から送られてくるものなのかも・・・

末っ子の夫には、両親はおろか跡継ぎの姉夫婦も亡き人となり、甥夫婦の代になっています。甥とはいっても私の弟と一歳違いですから兄弟のようなものです。

毎年新鮮な夏野菜を送ってくれます。

あの忌まわしい東日本大震災から8年余りが過ぎていますが、今年も個人で放射線測定をして安全を確認して送ってくれました。たぶん、それが日常化しているのでしょう。

今年は、雨が多くジャガイモを掘ることができなかったそうで、いつもの年よりも遅く届きました。

最初に美味しさに驚いたのはジャガイモでした。

それから、トマト。でした。

あの頃は、父も母も、姉も兄もいて、旧家で大変な家という先入観が一歩入ってみるみる打ち消されたことを覚えています。

両親の前に正座をして、畳に手をついて「ただいま帰りました。」と頭を下げた夫の隣で私も。

私の育った家は、ガラガラっと玄関を開けて「ただいまー!」でした。

バッチ息子が愛しいということもあったのでしょうけど、気難しさは全くなく全員で優しく迎えてくれ、ほっと安堵したことを覚えています。

そして今は、甥たちが暖かく迎えてくれるのです。

お野菜のお礼に、今年も小さい子供たちが喜んでくれる何かを送ることにします。

朝食でいただき、お隣さんにおすそ分けをしても、まだ沢山の福島のお野菜!

Photo_20190803105901

風評被害に負けずに、頑張れ!福島!

ありがとう😃😃

 

 

 

 

 

 

2019年3月 7日 (木)

POMの大学受験、めでたく終了!

一浪君だったPOMが、めでたく大学生になります。

 

本日、国立前期の合格発表がありました。おめでとう(*^-^)

 

先ず、POMの中学時代からの気儘な受験生活を・・・。

 

冒険をしない!

 

実力で入学できる学校を選択する。と言う訳で、高校受験は8月で、より上を目指すことを辞めたそうです。そこで入学した高校では特進クラス入り!

 

ここで満足したのか、勉強は二の次で高校生活を楽しんでいたようです。

 

当然、高1で成績はガタ落ち。

 

当然、特進クラスから滑り落ち。

 

それでもクラス担任が母親に伝えたそうです。「彼は、他の生徒に無いものを持っています。長い目で見てやってください。」「大学生のような勉強の仕方をしています。」と。

 

私と、母親は同じことを思いました。「長い目って、いつまでが長い目なの?」

 

高校2年生で、目覚めて勉強を始めたようでしたが・・・・

 

現役高校生での大学受験は、当然ながら失敗。

 

センター試験のみで合格が決まる三大学に合格。関東圏で名前は有名ですが、本当に行きたい大学ではなかったと言う訳で、あっさり浪人が決定。

 

予備校に通い始めると、成績が急上昇!

 

母親も大喜び!

 

その後、一番重要な数学が思う様に伸びないと・・・・

 

そこでPOMが尊敬するところのS(POMの叔父)に、自信がなくなった。どうしたら良いか?と相談したそうです。

 

T大理一→修士課程・博士課程と進んだSが言ったそうです。「100点取っていても不安はあるものだから云々」に、POMは「Sちゃんは、やっぱり特別なんだよ。」と一層しょげ返っていたそうです。T大生あるあるで、「そう言う例えは通じないよ!」と言ってやりました。

 

一浪君は、今年は本当に行きたい大学だけを選んで受験しました。私大は、わが家から通学できる都内の大学を受験しました。

 

昨年のPOMとは、全く違って余裕と落ち着きがありました。

 

私が感じた通り、合格!

 

国立は、昨年は受験しなかったと思いますが、今年はずいぶん悩んだ末に決めたようでした。

 

センター試験会場が暑すぎて集中でき無かった結果、思った得点には到達できなかった。チャレンジはしないで自信を持って受験したいと言って前期、後期の大学を選択。後期もあるからチャレンジしても良いとも思ったらしいのですが、やはり冒険をしないのがPOMの性格です。

 

受かるだろうと確信していましたが、<80%受かると思っていたW>とラインがきました。こうして、冒険をしない性格のPOMの大学受験は終わりました。

 

*センター試験会場が暑すぎた。理由ですが・・・

 

≪着ている洋服に英語などの文字が入っていてはいけない。≫試験会場で言われたのだそうです。英字入りの長Tだったので、コートを脱げなかった。と言っていましたが、機転が利かないねえ(-_-メ)試験官に断って、長Tを脱ぐとか裏返しに着替える許可を貰うとかできなかったかな~

 

以上、受験生の要注意事項でした。

 

どうぞ、受験生の皆さんに良い結果が届きますように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2019年2月12日 (火)

JEFキックオフフェスタ 2019

JEFのキックオフフェスタに、行けるかどうか微妙でしたので、せっかくのチャンスでしたがアリーナ席の抽選は断念しました。

当日、ギリギリの時間になるかも知れないと思いつつも、千葉ポートアリーナへ向かいました。

乗った車両でいきなり目にした物が、、、、、↓

Photo

ポートアリーナは、ウィルチェアーバスケット世界大会以来でした。

客席に入る手前で配っていた物が有りました。↓

Img_0866
ワンちゃんから貰おうと思ったのですが、あれ!と思って首を反対側に振ると、にっこり笑顔のスタッフさん。

大久保さん?!

意表を突かれてびっくり顔のままご挨拶もせずに受け取ってしまいました。

(ごめんなさい。)ユナパではお見かけしています。

今年は行って見て良かったなぁと、席について感じました。

寒さを感じずにゆったりと観る事が出来ましたので、それだけでも例年と違いました。選手とサポーターの健康を考えたら環境はベストでした。

今回は、写真も動画もSNSにどんどん上げて拡散して下さい。という蒲さんと道代さんの言葉に(ほんとに、いいの?)と思いましたが、アリーナイベントの最後にも、ステージで集合写真タイムを撮って、「SNSにアップして下さい」の再度のアナウンスに、JEFが変わった!と・・・・・

来年も継続するのであれば、是非皆さん行って見ましょう!広報さんに新しい血が入ったのでしょうか。素敵です。

このイベントに選手の気持ちが乗ったら最高です。

寿人選手は、さすがです。こういうイベントになれているようです。

そして今日は、ようやくエスナイデルさんの挨拶も有りました。今年は、一番ポジション争いの激しい年だと言われました。

選手のみなさん、切磋琢磨して上を目指してくださいね。

社長もGMも居ない和気藹々フェスタが定着すると、JEFは変われるのでしょうね。

さっそくhttps://twitter.com/jef_united にキックオフフェスタの動画がアップされました。

素晴らしい事ですね。参加された皆さんも沢山の動画をアップして下さっています。

私は、写真のみでごめんなさい。

2019年のユニフォーム↓

Photo_2
レディス22番の大滝麻美(おおたき あみ)選手の英語の挨拶に、蒲さんが英語を優也選手に無茶振りすると、冗談でしょ!とばかりに、横を向かれてしまいました。

するとすかさず、英語でのインタビュー。

優也選手「ヤー!」 (爆笑)

次の増嶋選手も「ヤー!」

そして船山選手「(戸惑いの見える)ヤー」

3人の「ヤー!」に爆笑でした。

3人のJEFレジェンドも登壇しました。↓

勇人選手(兄)、工藤浩平選手、寿人選手(弟)

3jef
寿人選手に「勇人選手のような髭が生えますか?」という道代さんに「今 生やしてます。」と応えていましたが、途中と言う事?

2
3人ともキャップテン経験者ですが?の道代さんの問いに・・・・

寿人選手

勇人選手が自由人を満喫?していた頃(高3の頃)に、江尻さんからそう言う事も含めて、キャップテンの責任と理不尽な怒られ方をした事を、今になってばらしてました。みんなの前で言えてちょっとすっきりしたでしょうか?

キャップテンの責任にさせられることが多かった時代の悪習。今は?

その後

黄色、緑、赤のグループに分かれた選手達のゲームが有りました。

グループで何回リフティングが続けられるか?

始まるかな?と思って見ていたら、既に終わっていた緑チーム!残念。私に割り当てられていたのは緑チームでした。初っ端から集中を切らされてしまいました。

ゲームは黄色チームが圧勝でしたが、最終ゲームは勝てば200点が貰えると言うものでした。

手につけていた?カウンターで、数を競うゲームでした。

‘USA’に乗って踊ったり、手を思いっきり振りつづけたり・・・・

楽しそうに踊っていたのは、ピーターコアミ選手。

Usa
最下位の緑チームの寿人選手がーーーーー

551
寿人選手の登場でこのゲームはトップ!(たぶん)

200点をプラスされましたが、トップはやはり黄色チームでした。

JEFですから、黄色が一番!ですね!

全員集合写真での一コマ↓

Kappa
kappaです!

インタビューは、聞こえませんでした。為田選手のアイデアだったのでしょうか?Kappa_2
065
温かい気分で帰宅しました。

最後は選手達がハイタッチでお見送りだったようですが。

優勝!自動昇格!とにかく今年こそ・・・・期待しています。

*一浪のPOMが順調に合格を獲得しています。昨年の第一志望突破!(本日合格発表でした。)

おめでとうo(*^▽^*)o

今年は、それ以上を目指しているようです!

良い結果が出ると良いね!

2017年5月 6日 (土)

SIONO4歳 「柏餅食べたいです!」

今回のゴールデンウィークには、娘夫婦と息子の家族がやって来ました。都合よく両方から同じ日の打診がありました。

いつもの事なのですが、1-2日前になって連絡があると言うわが家の子どもたちです。今回来葉するにあたって、SIONO(4歳)からジイジにクレームが有りました。

母親が「千葉へ行こうね。」と言ったところ「おじいちゃんに連れて行かれちゃうから怖い。」と大粒の涙を流していたそうです。5月2日に「4日に伺いたいけど、都合はどうですか?」と言う息子からの電話で知りちょっと驚きました。

夫は「それは可哀そうな事をしたなあ。」と大反省でした。可愛さのあまり子供が嫌がっても自分本位の愛情表現をする夫の兄たちと全く同じことをするのです。子育てを妻任せにしたために子供の気持の分からない兄たちなのです。それは息子がじっくり体験済みですし、男の子には容赦しない兄たちの勝手な愛情表現でした。

夫は、一年に1-2度しか会わない4歳になったばかりの児に「一緒にお昼寝しよう。」とした事がトラウマになったようでした。父親に抱っこされていた時に両手を広げて「おいで」と誘ってもしがみついたままでした。連れて行かれると思って怖かったんですね。

お昼寝の誘いに乗って一緒に寝てくれたのはPOMだけだったようですが、たった一回の成功?が夫の自慢になっています。

私の姪たちも被害に遭っていますが、後々は笑い話にしてくれた愛する姪たちです。

馴染の無いおじさんとは一緒にお昼寝はしませんよね。分かっていてするので困ったものです。

良い子のみなさ~ん!馴染の無いおじさんやおじいさんは不審者ですよ~(笑)

2回目の電話で、「しっかり言っておいたから大丈夫。」と伝えて貰いましたら、珍しく電話に出ました。

「もしもし!SIONOです!」元気よく出てきました。早口は両親譲りですが、母親がSIONOに変わって言っているのだと思うくらい似ていて驚きました。

「かしわもち 食べたいです!」と言ったようですが、「食べたいです!」しか聞き取れずにちょっとショックでした。私の耳が・・・・(ノ_-。)

息子が言うには、買い物に行って安売りしてた柏餅を買って帰って食べたところとても美味しかったらしいのです。

それを聞いて、どこの柏餅にしようかとちょっと迷いました。スーパーの柏餅か?地元ではちょっと有名な和菓子屋さんの柏餅か?

でも、(スーパーさんごめんなさい。)和菓子屋さんの柏餅にしました。本人にはちょっと違ったらしいですね。特にお餅の部分が・・・美味しいと言って食べてくれましたけど、美味しいものをと思ったらやっぱり和菓子屋さんを選ぶでしょう?正解ですよね!

当日は娘夫婦が一足先に到着しました。

お昼を一緒に済ませたSIONOが、おじさん(娘の夫)と会話しながら幼稚園でしているダンスを一人の為に踊って見せていました。実に楽しそうです。

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その後、ちょっと離れて見ていたジイジに向かってダンス!

どうやらジイジが一緒に手足を動かして踊っていたようです。ダンスが好きなようで上機嫌で披露していました。

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お絵かきや工作が好きと言うSIONOに、現在小学校低学年の補助職員をしている娘が材料持参して来て工作の相手をしていました。

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「千葉のおうちにも作ってね。」の問いに「同じもので良い?」と聞いていました。彼女は基本的に作った物を人に上げない主義と言う事で同じものなら作ります。と言う事のようです。

色んな一人っ子が居ると思いますが、‘特徴的な一人っ子ですね。’

置いて行った作品は

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SIONOの従兄姉の二人は、POMは受験生KAULは高校一年生で夫々が多忙なようです。3人が一緒になる事はこの先もあまり期待できないのかも知れません。

娘たちが夫婦で来てくれた事、息子が家族で来てくれた事に感謝したいですね。ありがとう 楽しかったよ!

連休の最中でしたので、マンションの駐車場が予約でいっぱいかと心配したのですが、皆さんのお宅でもわが家と同様にお孫さん達が成長して来るチャンスが無いのかも知れません。一日前でも駐車場の空きが有ってホッとしました。

帰り道々SIONOは、いつものように途中途中の滑り台を楽しんでから電車に乗ったようです。

バイバイ またね!74
追記

息子と娘と孫と

息子「POM君とKAULちゃんのお母さんは、パパのお姉ちゃんだよ。」

SIONO「知らなかった。」

息子「仲が良かったんだよ。」と肩を組む。

すかさず突っ込みを入れた娘「過去形なんだ。一度拒否られてるしね。」

息子「あっ、ごめん。」

息子がSIONOに二人の従兄姉を合わせるために招待したところ、「お姉ちゃんは(来なくて)良いよ。二人が来てくれれば。」と言う事だったらしい。末っ子の特徴?

娘は遺恨を残しているみたいです。(笑)

この夜

JAPAN JAM の開催場所では、盛大に花火が打ち上げられていました。

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2016年5月 2日 (月)

JEFが水戸と戦った日、やっと実現した全員集合まで3年半の月日が経っていました。

水戸戦の日に、ようやく家族全員が顔を合わせました。

夫々に休暇を取れるタイミングが合わずに、SIONOの幼稚園入学後にようやく全員集合が叶いました。

遠くに住んでいるのではなく全員関東に居るのですが、息子たちの仕事の関係で今に至りました。

POM高2、KAUL中3、SIONO年少です。

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POMには、JEF8番のコンフィットTをサイン入りで渡したのですが、フクアリに行きたいとは言いませんでした。何故かと言うとJEFが“弱いから”そこまでの情熱はありません。小さい頃に巻選手の18番を着せて初めてフクアリに行った時は横浜Mに負けました。それ以来「マリノスには勝てないよ!」と言いつづけられました。

巻選手が移籍した時「僕何番のユニフォーム着ればいいの?」と聞かれ「巻選手と一番仲良しの深井選手の9番にしようか!」と言って9番を着せました。

「僕の着ている9番の選手、出てる?」と聞いてきました。深井選手がベストゴール賞をとった後の夏休みに「僕、夜(ナイトゲーム)でも大丈夫だよ!」と言って9番のユニ持参でやって来たのですが、フクアリでの試合はありませんでした。彼のJEFの試合の印象はそこまでです。

今回、遥也選手のサイン入りユニを見てとっても感動しているようでしたが、

残念ながら遥也選手のプレーを見た事はないのです。

KAULは、フクアリに連れて行った時にスタジアムの応援が怖いと言っていました。唯オーロイ選手を「可愛い!」と言ってました。この感覚はちょっと私には分かりませんでしたので、「どこが?」と聞くと「お顔も、髪の毛も、目も、お口もみんな!」「あっ、でも、ここ(脛を指して)は可愛くない。」

フクアリの記憶はそこまでです。

寂しいですね。

今回16号線を通って来たようですが、まさかの混雑に予定をだいぶ超過してやって来ました。途中で何も食べなかったようで、先に食事を済ませて到着を待っていた息子夫婦が4人の食べっぷりにビックリしていました。そんな4人を見たのは私も初めてでした。

SIONOは、POMとKAULがお正月に訪ねて行ってますので再会を喜んでいるようでした。娘は児童館で幼い児を相手にしていますので、一緒にティッシュの空き箱でショルダーバックを作って遊んでやっていました。

私との接点は殆ど有りませんでしたが、みんなが楽しそうで幸せです(^^♪

と言う事にしておきます。一人一人との係わりが短くてそこが、ちょっとだけ不満ですね。

POMをフクアリに連れ出したくて、一生懸命説得している私の邪魔をし続けたのが実の息子。

なんという息子じゃ ゴ━━━━(# ゚Д゚)━━━━ルァ!!

POMは来年は受験生ですから、この夏がチャンスなのですよ!

3人は、水戸戦が始まる前に帰って行きました。

4人は、一泊します。

KAULは、今年が受験生ですから夏休みには来ません。

女の子の好きな幕張イオンモールに出かけて行きました。

スマホで駅探を検索して「45分かかる。」と言いました。「せいぜい5分でしょ。」と言うと、総武線稲毛駅から見ていたようです。再検索して「4分じゃない。」と母親に言われていました。「自転車で行く?」と聞いてみたのですが電車にしたようです。

YouTubeを見て、人・人・人でちょっとテンションが下がったようでした。早々に帰って来て駅前で私達と合流して軽めの昼食を摂りました。

若者向けのハンバーク系のお店でした。カロリーが高すぎて一個食べるのはとても無理でした。胃に負担が掛かり過ぎます。有名なチェーン店のようです。

POMと(義理の)息子は物足りないようでしたが、パンを沢山 買って持ち帰らせることにしましたが、POMは要らないと言いました。

「送ってあげないよ!」ちょこちょこ宅急便で送っているのでそう言うと「ええ~!」と素直な反応、、、

POMは大好きなタイガーチーズフォンジュを5個もかごに入れて、「一度には食べないよ。」と言っていましたが、母親に「二日で亡くなる。」と言われていました。

成長期に食欲がなかったから身長が伸びなかったと言ってました。でも、一年で体重は1㎏増えたそうです。

如何見たら良いのでしょう。(笑)

父親より10㎝小さいですね。(私の遺伝かな?)

POM達もいつものように早めの帰宅でしたが、その前にこの花↓

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ゴールデントランペットツリーが満開でした。

花を見ておしゃべりしていた私達見て「この花は何て言う名前ですか?」と聞いてきた方が有りました。花を見ているとよく花の名前を聞かれます。「日本名も有るんですけど、覚えやすいので。」と言ってゴールデントランペットツリーと教えて差し上げました。

POMが空かさず検索して“有明カズラ”地名。

早い!!

この花は去年のゴールデンウィークに、KAULにだけしつこく教えておきました。他の3人は初めて見る花でしたので、果たしてKAULは覚えているだろうか?と思いました。

トランペットだけは記憶していたようで、母親に「あの花咲いてないね。何トランペットだっけ?」と聞いたようです。「エンゼルトランペットじゃない?」と知ってる花の名前を言ったようです。

知る人ぞ知る場所なので、もう一度案内しました。

2年前くらいにこの花の名前を教えて下さった方に感謝です。

以後楽しみになりました。

離れて暮らす家族が、それぞれにせわしなくやって来て怒涛の様に通り過ぎてゆきました。

みんな元気ならそれでOK!!!

追記

5月になりました。カーネルおじさんの鎧姿!日本中のカーネルおじさんはこの姿なのでしょうか!

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2015年4月21日 (火)

迷惑な見舞客と可愛い見舞客

夫の退院後、強引に見舞いに訪れたのは弟夫婦でした。

子ども達にだけ連絡して入院し、誰にも言わなかったので、偶然知られた弟には来なくて良いと姉の威厳?で言ったのだけれど「大安吉日を選んで行くから。」と強引にやって来て、退院したばかりの夫の前で、弟は声を荒げて女房を叱り飛ばした。

いつもは何も言わずに自分の部屋に入ってしまう夫が、「もう帰ってくれ!」と弟をしかりつけた。だから言わんこっちや無い。こうなるのを恐れて来てくれなくて良いと言ったのに、と思ったけど後の祭り。でも義妹は「優しい時は本当に優しいんです。」とかばっているが、そう言う問題じゃない事も分かって欲しいのですよ。Kちゃん。

4月に入ってから、POMが一人で来てくれた。

私が、入学式にはいけないけど本人にお祝いを直接渡したいと母親にメールを送った直後、POMから千葉に来ると電話が有った。娘がこちらの気持ちを汲み取っての事だと感じられたが、結局お祝いは娘の口座に振り込むことにした。

夫が駅まで迎えに行くんだろ?と言ったけど、高校生になる男の子が迎えに来て欲しいわけがない。いつまで子ども扱いするんだと嫌がられるだけなので、勿論行かない。

嬉しそうな夫、私も頬が緩みっぱなし。

夫がベットに入った後で、退院の帰りにさっそくお酒を買って帰って来た事を、POMに言いつけてやった。

「おじいちゃん、お酒弱いのに。」といつもの優しい口調で、それでも呆れたように言った。

中学生では禁止されていたスマホを手にしていた。ゲームをしながらでもきちんと話相手になっているので、まっ、今は良しとするかな。やり過ぎると親から禁止令が出るはずだからね!

高校での部活は、「先輩からサッカー部に誘われているんだよね。」と言った。高校ではやらないと言っていたが、断り切れなかったのかその気になったのか仮入部をした。と最近母親からメールが届いた。

サッカー部に入ってしまうと益々千葉には来なくなってしまうけど、続けて欲しいな(^^♪

来る前、母親に「千葉に行ってもやる事無いんだよね。」と言ってたそうだけど、ボルタリングをやりたかったようだったし思いのほか寒い日になってしまったので、早めに出かけさせる事にした。

前日に買っておいたパンとお茶を持たせると、POMは、すぐにボルタリングができるように着替えて行った。

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写真は絶対に撮らせない構えだが、後ろ姿は仕方がないと諦めていたようだ。動き出した電車の音を確認して娘にメールを送信して、ハイ、ここまでとバトンタッチ!

そして、つぎに来てくれたのは2歳5か月のSIONO親子。

「こんにちは!」としっかりした口調で挨拶。

バナナが大好きで、先日「“こんにちは”って挨拶しないとバナナあげないよ。と言ったら“こんにちは”と挨拶して、『これでバナナ食べれるね!』」と言われたらしい。子供は親の体裁を考えてくれないので要注意!

お口が達者で、“流石この息子の娘”と笑った。

ある時母親が「SHIONOが『作って!』って言ったからママ作ってるんだよ。」といったら「そんな事言ったっけ?」という返事が返ってきたとか、一緒に入居した10世帯中4世帯のママさん達が関西出身者だそうで、4人の時は関西弁でおしゃべりをしているのを聞いていて、ある時「SIONOも“そうやなあ”って言ってみたいな。」と言ったという。やっぱりこの親(息子)にしてこの子有りで、言う事が2歳5か月の児ではない。

まるで、息子の2歳時代の再現の様だ。

洋服も大人のようなシックな物を自分で選び、ぬいぐるみには殆ど興味を示さず、今はミニカーで遊んでいると言うので、息子が幼いころに遊んだミニカーを出してやった。

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「これ何?」と車の名前を聞いて持ってきたパトカーをその車の傍に持って行って「ショベルカーさんこんにちは!」「ブルドーザーさんこんにちは!」と挨拶させている。

息子はボックスに入りきれない程持っていたが、POMが遊ぶようになって少しづつ持ち帰ってだいぶ少なくなってしまったが、まさか女の子が車で遊ぶようになるとは夢にも思っていなかった。

母親が「みんなmade in Japanなんだ。時代を感じる。車の形も違うし。」と言うので「形は確かに違うわね。今はどこ製?」と聞いたら「中国とかタイですね。」と言っていた。

その日は、JEFが大宮と対戦した翌日だった。

「昨日は足が痛くてフクアリに行けなかったのよ。」と言うと(義理の)娘が「昨日は雨だったんじゃないですか?」と言うので「サッカーは雨でもやるのよ。」と言ったら、それは知っていたらしいが「雨が降ったら行かないものだと、、、。」

「競技場では傘は禁止だけどポンチョが有るから。」と応えると息子と二人で傘が差せなかったら普通行かないでしょ!」ですってさ!

楽しい時間は瞬く間に過ぎ去りました。また来てね(^^♪

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2015年4月17日 (金)

(その5)前立腺癌全摘出手術:入院生活~退院そして病理結果

手術直後

酸素マスクを着けたままナースセンターに直接通じている部屋で一晩安静。

手術翌朝発熱

レントゲン撮影(2枚)

* (発熱したことで肺炎を案じて)肺、腎臓から膀胱までの尿管の撮影。

回診後医師の判断で、入院時の部屋に戻る。

正常な腸の動きが確認でき水分補給を開始。

酸素が少し足りないので深呼吸をして話をするようにと看護師から言われる。赤血球の酸素飽和率95%(通常96~97)なので少し足りない。

尿と廃液用の袋を二つ付けている。

尿を溜めてる袋には血液が混じっているので赤い色をしている。

午後:娘とPOMが様子を見にやって来る。(娘の心配感が行動に出ている証拠)

POMは花粉症で二重瞼が一重になり腫れぼったく重そうな瞼をしていた。スギ、ヒノキ、ブタクサのアレルギーを持っているので辛そうだった。

手術日が高校の合格発表の日と重なったが、手術前に合格の知らせを受けていた。

POM合格おめでとう!

息子は年度末で、なかなか自宅にも帰れない状況だと言う。

手術後二日目

朝、熱は37度1分まで下がっていた。

病院に着くなり、病院から出されたネプライザー(漢方薬)では痰の切れが悪いからS医院でメプチンエアーを出してもらって来て欲しいと言われる。執刀医の了解を得ているので明日持って来て欲しいと言われたが、すぐにS医院に行き薬を受け取って入院先に戻る。

お昼から流動食が開始。

12時、点滴が空になっている事に本人が気づいて慌ててナースコールをする。

* 「エアーはどこまで行った。」と看護師を問い詰めたが返事が無かった。点滴が完全に空になっていた。

看護師が退室した後で「(血管に)エアーが入ってしまうとどうなるの?」と聞くと「血栓ができる。血栓が心臓にまで行ったら大変だ心筋梗塞を起こす。」と怒っていた。

私の様に専門知識が無い上に、点滴が無くなった事に気が付かなかったらと思うと怖い。

夜、漢方の下痢薬を飲む。

術後3日目

朝、昼:3分粥

夕食:7分粥

午前中に下痢をする。

回診時に背中の鎮痛剤の管を抜く。

右手の点滴(静脈留置針)を抜く。

座位~トイレ歩行が可能になる。

* トイレ時は車椅子で看護師の介護が有るが、本人は歩いて行った。まだ繋がっている管は紐付きのバッグに入れて肩に掛ける。こんな感じに↓

2

腸の動きを促す漢方薬の内服が始まる予定となっていたが、本人が断る。

因みに前日食べた流動食は、葛湯だったそうだ。

それを踏まえて「胃と腸の蠕動運動を確認したろ?だから食べさせたんだろ?オレが食べたのは葛湯だぞ、葛湯にたんぱく質が入っているか?いないだろう?それで下剤を飲ませるのか!」と予定通りの事をしようとした看護師を怒ったらしい。

(*現役時代は、看護師のたまご達にも講義をしていたので厳しい。過去にも何度か入院先で教え子たちに世話になり、今回の病院にも卒業生が居たようだ。)

術後4日目

朝:7分粥

昼、夕:全粥

点滴終了:手術前の午前中から続いていた(ラフテッグ、抗生物質の2ℓ)の点滴が終わり左手も自由になる。

術後5日目

朝:全粥

昼~常食

回診後、病棟内の歩行が可能になる。(回診時に医師から何も言われなかったので、看護師に確認して貰う。)

報告に来た看護師が「自由に歩いてくださって結構ですよ。トイレも呼ばなくて結構ですからね。でも寂しいから時々呼んでね。」と言われたそうだ。愉しい看護師(^o^)

* 抗生剤が点滴から、内服薬に変わる。

創部周りの廃液の管を抜くが、尿道にはまだ管が入っている。

術後7日目

朝:血液検査、尿検査

回診時、創部の抜糸(抜鉤)

体を拭きに来た男性看護師が「もう(弾性)ストッキングを脱いでも良い時期ですよ。」と言いながらストッキングを脱がせ「これ、如何しますか?」と言うので「いらない。」と答えたが、帰り際にポンと私に投げて行ったのでキャッチ。

夫が「アイスノンを頼んでおいたのになかなか持って来てくれないから、“おーい、W君にアイスノン頼んだらペンギンと遊んでいるらしくて持って来てくれないから、持って来てくれー。”ナースコールして別の看護師に持って来てもらった。完全に忘れていたらしい。」

という話を聞いていたが、今、会話していたことをもう忘れている!と思い、夫に「W君て他人の話をよく聞いてないんじゃない。ストッキング要らないって言ったのに、投げてよこしたし。」と言うと「そうか」と笑っていた。

術後12日目

午後:膀胱~尿道の造影検査をする。尿道と膀胱の接続が確認される。

術後13日目

午前中:尿道の管を抜く(ドレーンの抜管)

その後は、尿を溜めて“排尿観察記録シート”に記入。

術後15日目

午前中に退院。

退院後の注意:2か月間は自転車に乗ってはいけない。過激な運動をしてはいけない、お重い物を持ってはいけない。

おむつに代えて、尿漏れ用ショーツとパッドにして通常の生活に戻れる。

3か月くらいで尿漏れは無くなる。

看護師におむつ生活になるのかと聞いたら、ショーツとパッドで良いと言われ売ってる場所を聞くと「私のテリトリーでは、、、」と細かく教えてくれたのがわが家も行きつけのショッピングセンターだった。

女性にとっては生理用品と同じなので違和感はないが、男性には結構ショックなのだそうだ。

病院から帰る時に購入したものは、そのショーツとパッド、そして当然のようにお酒を購入した。

私の意見は一蹴、それでも順調に回復中なのが憎いのう~

退院から二週間後、病理の検査結果を聞きに行き“所見なし”と告げられたそうだ。

尿漏れもだいぶ少なくなってきていると言う。

掛かりつけの先生には、本人が直接ご報告といつもの診察とお礼に伺っている。

順調なのは有り難い(^^♪

それでも ┐(´-`)┌

2015年4月 9日 (木)

(その4)前立腺開腹目視下全摘出

手術当日、術前

剃毛は前日に自身で行っていた。

朝:浣腸、体重測定(入院時より2kg減)、人工呼吸器に備えてうがい、肺血栓・塞栓予防の処置(術後4日目まで弾性ストッキングの装着)

術後:ベッド上安静

* 頭を持ち上げたりすると麻酔の副作用で頭痛が起こる場合がある。

* 尿道に管が入る。

* 出血の多い場合は輸血をする。

* 酸素マスクをつける。

* 心電図モニターを朝まで行う。

* 手術中より鎮痛剤を持続的に入れるための細い管を背中から入る。

* 術後、創部の近くに廃液の為の管が二本入る。

* 痛みが強い場合座薬や注射で症状を和らげる。

以上、入院治療計画書に示されていて、看護師や医師からの説明もあった。

12時すこし過ぎに病院に到着すると、13:30からの手術が14:00からと変更になっていた。

夫が電話をくれた時には、既に家を出ていたので到着後に知る。

ドクター三人+麻酔科医+看護師三人のチームで行われると告げられる。

13:27

看護師が手術室まで案内

夫も歩いて三人でエレベーターに乗り込む。

「ここまでです。」と看護師が言い、夫は一人で手術室に入って行った。別の看護師が笑顔で夫を迎えてくれた。

手術室手前の廊下で、案内してくれた看護師さんと二人で少し話をした。

「ご主人は研究者ですか。お尻が赤いから。」

「???」と私。

「御尻にタコができているので、研究者ですか。とお聞きしたら、医者じゃないミクロの世界を覗いていた。とおっしゃられたので。」

と言われた。

「ああー、顕微鏡を何十年も覗いていましたね。」と応えると「その後は?」と聞かれたので「去年の3月まで最先端医療の倫理委員を10年近くしてました。」と言うと「それじゃみんな分かってしまうから可哀そうですね。」と言われる。

「知識として知っているので、自分で決めちゃうんです。それが一番困るんですよね。あなたは医者じゃないから。って何度も言ってます。」と言うと「私もそうです。夫にそれは君のものじゃないだろう?他人のもの(医療に関すること)だろって言われます。」

ちょこっと立ち話をして、一階のラウンジで途中で買って行ったおにぎりと病院の自販機で買った温かいコーヒーで遅めの昼食を摂った。

案内役の看護師は、1時間半くらいで終わると言ってくれたけど全て終わるにはやはり事前の説明の4時間だろうと踏んでいた。

16:56

看護師が腹帯を取りに病室に来て「もうすぐ終わりますので、もう少しお待ちください。」と言ってくれた。

「良っし!たぶん、良っし!」とガッツポーズをとった。

17:10

手術室の隣の部屋に通される。

執刀医が取り出した前立腺を、左の掌に載せてやって来た。

夫からは、大きな栗のようなものと聞いていたが小さなおにぎりの様だと思った。

「2時間40分で終わりました。膜ごときれいに取れています。出血は結構多かったです。おしっこも交じっているので正確には分かりませんが1000ccから1100cc位だと思います。1200採ってあるので想定内です。」と説明が有って、手にした前立腺を「見ますか?」と言ったが直ぐには返事が出来なかった。もう一度「見ますか?良いですか?」と聞かれ「はい、お願いします。」と言うと部位を指して説明し、転移はまだ分からないと言われた。

「また、お呼びしますのでお部屋でお待ちください。」と言われた。

30分後

看護師さんに案内されて夫の元に行く。

ドア一つで繋がったナースセンターの隣室で一晩安静にすると言う事だった。

酸素マスクをつけてまだ意識朦朧としているようだったが、「リンパ節は取れなかったって。」と私に言うのを聞いた看護師が「聞こえていたんだ。」と言った。

意識が戻りつつあるので、ホッとした。

「じゃあ、ゆっくり眠って下さい。」と言って帰りかけた私に「安らかにお眠りください。」と冗談を返したので「自分で言うか?」と突っこんでやった。

最終の送迎バスに乗って駅に向かった。

電車を降りて歩き出したが、足が前に進まず倍以上の時間がかかったような感覚になっていた。

(疲れた~つかれた~つかれた~)と言いつづけ乍ら帰った気がする。

後々考えて、タクシーで帰れば良かったのよ。と自分に言った。

乗り物に弱い私の頭の回路から、タクシーという選択肢は全く見つからなかったようだ。

帰宅して子供たちにメールを送ると、娘からは速攻で返信が有った。

ごめんね。心配させて。遅くなってごめん。と思ったけど、もうクタクタだった。

兎に角無事に手術は、終わった。